明々後日のビシャモンテ

パンセクゲイ大学生のひとりごと

1/15 時間で図る恋の轍。

ふうん、良いね。君可愛いからお気に入り。

俺もあなたのこと好きですよ、気になってる人ナンバーワンです。

 

 

どこにでも溢れている有り触れたやりとりだ。

きっとこれから良い感じになって、キスとかしちゃったりして、いずれは付き合ったりするんだろう。そんな助走地点でのやりとり、なんとも微笑ましい。俺としても楽しい気分だ。良い気分でしかない。

 

でもそんな中でなんで

「前の彼氏とはどのくらい付き合ってたの?」

 

 

なんでそんなこと聞くかなぁ?どうして聞いちゃうかなぁ?

その質問に関しては、プラスになることは1つもないと思うんだけれども。

実質俺は1年以上付き合ったことがないんだけれども。(3ヶ月、だとか半年とか、所詮その程度の人間なのかなぁってコンプレックスでもある。)

 

もちろんそんなこと正直に伝えるのは良い気分でもないし、今後付き合っていくかもしれない人からしてもそんな答えが帰ってきたら良い気なんて全然しないだろう。

だって、一人の相手と1年以上、それ以上ずっと寄り添っていたことがないからである。

 

まぁ、こんな時に相手が「じゃあ、俺はお前とずっと居られるように頑張るわ!」とでも言ってくれれば涙流して(ああ、、、、好き。。。。)ってなるだろう。

でも実際はそんなことはない。ないでしょう。そうやって答えてくれる人にはおそらくもう彼氏や彼女がいるし、こんなふらふらしてる大学生と恋なんて落ちないと思う。

 

で、逆に、元恋人とは、4年半続いたんだ。って答えたとする。

それはそれでどうなんだ?おお、長いねぇ!!!いいねぇ!!!とでも言ってくれるのだろうか?褒めてもらえるのだろうか。

けれどもさ、結局は別れちゃってるわけじゃん。だったら半年でも4年間でも一緒じゃないの?

それに、長く付き合ってる人に限って、性に関してはぐちゃぐちゃだったりするわけじゃんね。お互いが各々隠れてやってるのを(気づいて入るけれども)黙認するタイプのカップル。だから続いていく、みたいな。

 

それってどうなんでしょう?それに、逆に言えば4年半付き合ったにもかかわらず別れたんだよ?それはどうなんでしょう?

いずれうまくいっても、どんなにきれいに続いていってもいずれは別れたんでしょう?それはそれで、そういう人たちなんでしょう?どうなんだ?答えてくれよ。

 

一人の人に4年半も愛された男なんて、愛せますか?

 

 

って、結局は年数じゃないんだよね、密度でもあるし、恋愛に尺度なんてない。

 

恋の仕方忘れていませんか?

浜崎あゆみがMで歌っているのだけれども。

「はじまりはいつも突然だけれども終わりにはいつも理由がある」って。

 

終わらせることはいつでもできるのにね。

その、勝手に終わらせた過去の恋を尺度にその人の思いの強さや、やっていけるかどうかなんて図ろうとするのは、間違ったこと...うーん、間違いとは言い切れないけれども、良い判断材料ではないのだろうかと思った。

 

俺は、だから、その質問を聞くたびに、ああ、そういうもんかって自問自答していた。

結局答えなんてないのだけれども。

 

ああ、愛されてぇなぁ。愛されたくない?

 

「いま、最寄りきた」

 「は?」

「いや、だからあんたに会いに来たんだって!!迎えに来い!」

 

 

 

みたいな、やりたくない?やりたい。

愛されたいよ。。。。。。うおおおおおおお

 

なぁ〜〜〜〜にが、恋ダンスだよおおおおお

時に深い孤独を感じても、愛すべきあの人に結局何もかも満たされたい。

うわあああああああん愛されたいよおおおおおおおおおおおおおお(吐血)

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1/1 幸せにする、年末、走り続けてた時間

よそ見をしていたら年が明けた。

 

そうだ。俺は大学生だ。そうだよな?

冬休みが始まった、それは突然始まった、

自分がいったいどこを歩いて何をしていたのかよくわからない。

急に、はい、今期はいったん終わり!明日から休みだからねって令状を渡されて、このまま渡航した感覚で胸がいっぱいだ。

 

23日から冬休み、そして23日が今年最後のバイトだ、それすらも億劫なのにもかかわらず沙、その癖にやけにわくわくしちゃってさ。

22日の授業が終わって突然頼んでもいない無の空間に投げ出されて、寂しくて、そして大学で連んでるメンツで忘年会とかしちゃったりしてさ。あんな土砂降りの雨の中。

楽しくなっちゃってさ、あっという間に終わって、帰りたくなくなっちゃうじゃんね。

そのまま飲みに行ったのさ、一人で、あてもなく。ゲイバーに。

まぁ、終電もめちゃくちゃ遅くまであるし、最悪歩いて帰れるしいいだろって、やけに飲んじゃって。途中から知人と合流して、どんどんアルコールが体内に回っていくんだ。ただでさえふらふらなのに、何もかも忘れる様に、くだばってしまえ!これでもか!とでも叫ぶかの様に飲んだんだ。自分は控えめに言ってもお酒は弱くないのでいけるっしょって。楽しくなっちゃってさ、でも寂しくなっちゃってさ。

 

結局朝まで飲んじゃうわけ。ウケるよね。きっとそんなことを経験したことがある大学生なんてたくさんいるだろう。行くあてはない、帰る場所はあっても自分一人じゃさみしくて、どうしようもなくて、打破できないから自分をぶん殴る様に飲むんだ。

 

結局飲み屋で出会った東京のそこそこカッコイイ適当な男を引っ掛けてそいつが泊まるホテルに流れ込んだんだ。そうして適当なセックスをして、二日酔いにイラつきながらも朝が来たらさよならさ。そいつの名前もわからないし、顔だって覚えてないさ。所詮そんなもんさ。くだらない夜を明かしたら、朝が来て、太陽が昇っていくんだ。雨は上がって、その下をただひたすら歩く自分をね、馬鹿みたいだなって心の声が叫びながら無言で帰路についたんだ。そんな、冬休みの始まりだった。本当にくだらない。駄目だこんなんじゃ。こんなんじゃ駄目なんだ。

 

まぁ2,3時間しか眠れないまま、猛ダッシュしてさ、帰宅して、準備して、バイトに向かうわけよ、今年最後の。そりゃしんどいよね。楽しかったのに、なんでこんなに辛いんだろうって何回も叫んだよ。吐きそうだった。でもこの嘔吐はきっと苦しみとか現実の冷たさとかではなくて、ただの二日酔いだと信じているんだけれどね。大丈夫。

 

バイトが終わって、家に帰ったらそのままバッタリ布団に潜って眠っていた。目覚めると夕方。焦りまくる理由は、翌日から沖縄へ行くことが決まっていたからだ。

 

何も準備ができていない。そもそも準備とはなんなのか、そもそも誰と行くのかすら俺はわからない。自分でも理解できていないんだ。ひょんなことから決まった沖縄。

旅費は飛行機代含めて全部相手が出してくれるということ。あれ、これって?

 

またこれだ。俺は無償で沖縄へ行く運命なのだろうか?まぁ、出してもらえるのであれば嬉しいものだ。貧乏大学生にとっては最高の二文字で表す以外何もない。

 

眠れない。自分がどこにいるのかわからない。反省する暇さえもない、考える暇も、次に何をすればいいのかさえもわからない、誰か教えてくれ。

翌朝、起きれたと思ってぬか喜びしていたらまさかの二度寝してしまった。焦りがピークに達した。自分はどこにいるの?どの時間軸を歩いているの?これは許されるの?とにかく駅までダッシュした。電車に飛び乗り、セントレアへ向かう。何も考えはまとまらない。忘れ物はないかとか、何をしに行くのか、何もわからない。とにかく俺はいまから沖縄へ行くんだ、その事実しか頭では理解していなかった。誰と行くのか?顔さえも忘れてしまった人に連れて行ってもらうんだ。自分は誰なのか?相手の名前も顔もうる覚えな上に自分の顔も名前さえもわからなくなっていく。なんていう名前で自分は自分をやっていた?どのハンドルネームで?どのあだ名で?そもそも本名はこの人には教えたのだろうか?そもそも信用していいのだろうか?もうどうなったって構わないって、投げやりだったんだきっと。なんだっていい、とにかくこのつまらない日常の果てから連れ出してくれるんだったらどこへだって良い、それが南の島であるのならば嬉しい以外の言葉が思いつかない。

 

空港への予想到着よりも1時間ほど遅れての到着だが、早めに予定していたのが吉と出たのか、フライトの時間よりもそこそこ余裕を持って席を取ることができた。さぁ、自分は今から沖縄へ行くんだ。それしかわからない。それさえも夢なのか、現実なのか、それさえも、わからない。

 

支配されている、流れに。

 

抗えないし、争う必要もないんだ、もうあんまり失うものがないことがわかってきたから、捨てるものはなんだってあるんだ、命の価値さえも昔の自分が見たら驚愕するくらい軽くなってしまったと思う。リスクマネジメントもボロボロ。ただそれに従うだけ。

 

3泊4日、無償沖縄旅行。楽しかったよ。素敵だった。こんな世界が景色があるんだと。

でも心はずっと上の空。だってこれが現実だって一体誰が言ったの?いつから夢だと錯覚していた?でも現実であることは間違いないなんて、小説で作者がとりあえず書いとけって勢いで書きなぐったことなんじゃないのか?わからない。

 

僕にはわからない。わからない。わからないんだ。

わかる必要もきっとないんだ、だからこれで良いんだ、とにかく沖縄へ行ってきたんだ。僕は、沖縄へ行ってきたんだ。それに偽りはない。どうだい、羨ましいだろ?4日間の沖縄旅行で使ったお金なんて4000円程度なんだぜ?素敵だろ?レンタカーで沖縄をランデブーして、高級なヒルトンの部屋に泊まって、素敵なビュッフェを食べて、現地の郷土料理を食べて、ラウンジでシャンパンを飲む。ここは夢なのか?支配されているのか?悪い夢に、支配されてしまったのだろうか?ねぇ。

 

ねぇ、聞いて、俺はいったい誰なんだ?この質問に答えてくれる人はいるのだろうか?なぁ、教えてほしい、俺はどこで何をしているんだ?素敵な南の島で、なにをしているんだ?

なぁ、答えてくれよ、なんで答えてくれないんだよ!!!!

俺一人鏡に向かって叫ぶ。ずっと我慢してたタバコを吸いながらくそみたいな綺麗であろう夜の海に向かって叫ぶ。なんでなんだ、なんで俺はなんでなんだ!どうして!なんで!!!!!!!!

なんで!!!!

 

しかし海はただ、波の音をこだまするだけ。風が騒がしい。

別にこの風は泣いているわけではない。泣いているのは俺だ。

なんでかはわからない、もう壊れてしまったのだろうか、感情が。

たくさん笑えるはずだよね、沖縄に来れるって嬉しいことだよね、しかも無償で来れるってものすごく恵まれてるよね、出会いに感謝だよね。でも、なぜ、なにも思わないんだろう。すべてを当然の出来事のように飲み込む技術なんて小学校の道徳の授業で濁されて以来だ。でもそこから僕はずっと考えていた。求められている答えを返せば瞬間的な択選びには勝利したことになるんだ。でもそれは全部を成功させなければ意味がない。どこかで崩れてしまうからだ。

例えば賭けて買ったとする。1000円が5000円になる、それを賭けて5000円が20,000円になる、それがどんどんと増えていくのに、いずれ500,000円が0円にパッと切り替わってしまう。面白いよね。そんな感じ。

 

日常の試練イベントも同じなんだ、どこかで選択を間違えたらリセットが出来ない上に損失だけが重くのしかかる。やりなおしをさせてくれと懇願する暇すらも与えられない。結果として今回の沖縄旅行は、9割型の択選びに成功したり、大成功したりしたおかげで、ほぼ損失が0のままで終わった。

 

でもさ、考えてほしい、最初には1,000円しかもってなかったとするのに、それが気づけば500,000円に変わった途端失うのが惜しくなる。そしていつのまにか喪失してしまい0円へと変化を遂げてしまう。

純粋に考えて損失はたったの1,000円でしかないんだ。なのになのに、なんであんなにも悔しいんだろうね。面白いね。そして笑っちゃうね。

 

1,000円失っても多少凹むだけなのに、1,000円が500,000円になった途端失った時の悲しみも膨大なものになってしまう。所詮そんなもんなんだ。

 

例えば、0歳児の赤ん坊のことに死んでしまうのか、22歳の一番楽しいところで死んでしまうのか、それってさ、死ぬことには変わらないのにどれを美徳と捉えていくんだろう。しまうんだろう。80歳で死ねたらハッピーなの?そうなの?それっておかしくない?おかしいよ、絶対におかしいよ。笑っちゃうよね、笑おうぜ?そして踊り狂おう。それで満たされるならば俺は朝まで踊るよ、脳内で音楽が鳴り響いてる限り、心臓とともに。

 

どこにいるの変わらないまま、南の島から帰還した、頭が働かなかった。

ここはどこなのかわからなかった。きっと沖縄楽しかったよって海やエンジョイしている画像を添付してSNSに上げれば羨ましいとみなしもが認めてくれるだろう。そんな自分に酔いたくないから、 SNSにはあげなかったのかと、今更ながらに思う。

 

帰ってきたらさぁ、もう年末だ、やることが溜まりまくっていて頭ん中が5曲同時再生の壊れたラジオみたいに周波数を合わせられなくなっていた。

 

クラブいって、また飲んで、やることやって、誰かしら俺んちに泊まりに来たり。地元の小学生時代の親友たちと地元で飲んだり、クラブいって踊って飲んで、騒ぐのを繰り返したり。なにも生まれてなんかいないんだ、だから誰も知らない。面白いよね。

 

最初から死んでたら、0歳のときでも、22歳の時でも、かわりはなかったのですか。

 

ちゃっと2016が終わる。

 

 

それでいいんだ、Take Over Control

だれか、俺を勝負してくれ

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12/23 2分前に殺してればよかった

お金が欲しい、地位も欲しい、権力も欲しい、

遊びたいし、騒ぎたいし、チヤホヤもされたい、

お兄さんお兄さんって持ち上げられたいし、

そこらへんをへらへら歩いてイキっている何も考えてないようなのうのうと馬鹿話をしている大学生の後頭部を思いっきり鈍器で殴りたおしても誰からも何の文句も言われない様になりたい。

 

きっとそれは犯罪なんだけれども、そんな犯罪だって世の中には溢れかえっている、じゃあ俺だってやってみればいいじゃないか

 

できない、それは何でだろう?

 

理由は簡単さ。ってきっとアメコミのヒーローだったら一言で答えてみせるだろう。

でも俺はそんな回答なんてできないし、口が裂けても言えないだろう。

それほどの能力や実力、実績や名声があって多くの人たちから感謝されることだってないのだから。

 

ああ、だからそうなんだ、自分には何もないんだ。

何もないなら努力しろよな?ってまた先生や先輩は簡単に言うだろう。

してないと思っているのか?でもこれは足りないから思っているんだよね。わかってるさ。

 

今、自分には何一つとして持ち合わせていない。

魅力がない、はっきり言って街中を歩いてたって誰一人として振り返ってくれないだろう。

誰もが振り返って笑顔になって欲しい、賞賛して欲しい、拍手喝采がみたい。

 

結局は世の中最初から何かしらもってるやつが勝つんだよ。

金とか、親の七光りとか、権力とか、美貌とか、

それを努力で補とか言われたってさ、生まれてくる時点で決められてることをどうやったって抗うには時間が足りなさすぎるんだよ。2,3回転生してやっとくらいなことなんじゃないのだろうか。

 

何か1つをまず極めることって大切なことだと思う。

でも有り触れた大切なことをちまちまと潰してくなんてよほどの暇人くらいしか為し得ないよ。

 

学校行って?友達付き合いもしっかりして?

サークルや部活に勤しんで、勉強して?バイトして

恋や恋愛やセックスを嗜んだりしながら、

趣味やプラスアルファの素敵なお勉強もこなして、

それが自分のためになるからって、誰かが言ってたって

自分の2年後がわかるわけでもないし、ましてや2分後のことだってわからない。

 

2分前のことはあっさり忘れちゃうのに。

 

気づいたらもう2分なんてあっという間だよ。

 

2分生き延びても、何ができるだろう。

何も我慢したくない。

 

たとえ目の前の人を殺せば1000万円手に入るのなら

とりあえず俺は殺していると思う。

 

なんでだろうなぁ。どこで間違っちゃったんだろうな