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明々後日のビシャモンテ

パンセク大学生のひとりごと

誰も悪くないんだ、綺麗な海が見ようとも

沖縄。行きたいですね、

 

海の声よ、風の声よ、

理由はわからないけれど、沖縄に行けば何かが変わる気がする、

そんな適当なことを考えながら今日も生きている。

ただ生きている、僕は歌ってなんかいないんだ、

ただ、ただ、今日も、生きている。

 

沖縄に関係することが何か続いた気がする、

先月どハマりして活字が苦手な僕が一気読みしてしまった

吉田修一の「怒り」の中でも美しい沖縄の様子が描かれていた、

そこでも起こるドロドロとしたことや、

離島での優雅な、つい憧れてしまうような暮らし、

しかし、米軍基地関係で起こる現実、

なぜデモをするのか、なぜそこに基地があるのか、

デモをしてなにが生まれるのか、何を一体変えられるのか、

作中で登場人物である女子高生が酔っ払った米軍にレイプされるシーンがある、

ああ、なるほど、変えたいものは、こういうものも、きっかけ理由の1つなんだって。

沖縄なんかよくわかっていなかった僕でも、ああそうなんだって、

なぜか納得できた気がしたんだ。

 

誰が悪いんだろう?

 

 

また、冒頭で書いた歌詞、沖縄出身アーティストのBEGINが作曲した

「海の声」という曲、このCMもだいぶ話題になりましたね、

何を歌っているのか、歌詞の意味すら、何を伝えたいのか、

何を待っているのか、何を届けたいのか、

何もわからない僕だけれども、いい曲だ、きっと届くんだって、

思ってしまったんだ。そんな素敵な曲を聴いて、

 

ああ、沖縄ってやっぱり素敵なところなんだろうなぁって。

 

でもそれが、今では届かなくなってしまっているというならば、

これもまた、

 

誰が悪いんだろう?

 

 

そして最近、というか先月、熊本で大震災が起きた、

とても被害が大きく、悲しみはまた生まれるんだ、こうして、

そんなことを思った、怖いな、だとか、無力なんだなって、僕。

 

阪神淡路大震災、東北大震災、それが経ち終わる、

復興、先月神戸を訪れる時があったがとても綺麗な街だった、

あっという間に、その、悲しみのカケラも見えないような、

とても洒落た、綺麗な街だった。

ちなみに僕は神戸港のポートタワー近くで海を見ながらたそがれるのが好きだ。

昨日、とあるバイトでおじいさんと話す機会があったんだ、

世間話をつらづらとしていくなか、僕らもどうして生きていけばいいのかな、

なんて、聴いて、答えて、訊いてくれて、僕も答えて、

でも答えはわかなかったし、最初から答えのある問いでもないのでしょう。

そこで、僕が21歳と言うことを伝えると、ぱっとしなかったみたいで、

えーっと、僕が生まれてから半年たつか経たないかくらいの時に阪神淡路大震災が起きたんですよね、最近旬な話題ですと、と。

もう老後の余生をただ、ただ考えているくらいの歳の人だった、

かといって、後期高齢者というわけでもない、どの年代の人も生きづらい世の中なんだと。

その人の友人もが兵庫出身らしく、当時のことをよく覚えていたらしい、

けれど、次第に忘れていってしまう、今回の熊本の地震をTVでみて、

ああ、大変な時期がわしらにもあったんだ、辛かった、大変だった、

よくがんばった、でも、ここまでやってこれたんだ、思い出となる。

もう20年も経ってしまった今、忘れてるよ、と言っていたそうな、

つらい思い出、記憶だから、忘れたいに決まってる、

しかし、忘れてはいけないということもわかってる、

経験をしたのだから、って。

けど、人は幸せなことか残酷なことかわからないけれど、

次第に忘れていってしまうんだ。

 

僕は思った

ああ、わかるよその気持ち、

忘れていきたい思い出、けど忘れちゃいけない大切なこと、

自ら逝ってしまった友人のこととか不意に連想されたり、

なんでこのことを頭に過ぎったんだろう、なんて

そんな自分をまた責めてしまったり、考えてしまったり。

 

ともかく、人はいずれ忘れゆく生き物なんだなって。

今に満足できたら、それでいいんだ、生きる場所があるって

とても素敵なことなんだ。そんなことも思ったのかもしれない。

 

熊本大震災から、南海トラフの歪み、

日向灘が震源地となって少しずつ北上した地震

次は、東海大震災?

 

ここ十数年ずっと言われ続けている、名古屋の大地震

結局まだ来ていない、びくりとも揺れないプレート達、

ますます不安になっちゃうよね、

けど、考えたら怖くなってしまう、

けれど、考えてもどうしようもないんだ。

 

ネットや2chで日向灘が震源地の地震が起こったらそれは

東海大震災の予兆だ、なんて言われてるけれど、

本当に日向灘の地震がきちゃったじゃないですか、

どうするのさ、これから不安に怯えて生きていくのか?

 

どうしようもないんだ、結局

 

誰も悪くないんだ。

 

ここ最近、たまたま落ち込んでいて、

まぁ、いつも僕は落ち込んでいるんだけれどね。笑

Coccoというアーティストの曲を聴いていたんだ、

そのなかでもとても綺麗でよくわからないけれど、

涙が出てきちゃうような、訴えかけてくる曲があったんだ

 

ジュゴンの見える丘/Cocco

Cocco - ジュゴンの見える丘 - YouTube

 

前の震災の後、この曲がどこかでかかっていた、

(みんなご存知Mステでもこの曲がかかったらしい)

 

だから、か、地震が起こるとこの曲を聴きたくなる人も

少なくともいるらしいです。

 

もういいよ、

目を閉じていい、

もういいよ、

少しおやすみ。

 

沖縄には、ジュゴンの見える丘という、

絶滅危惧種ジュゴンを実際に見たことがない人が名付けた場所がある。

荒れる政治問題、米軍基地、環境破壊、減っていくものたち。。。

いろいろなことを全部丸めて、一曲として形作った、

歌詞自体はその、ジュゴンについて歌っているだけだけれども、

様々な思い、沖縄で生まれたCoccoの思いがつまっている、

 

ある日沖縄に2頭のジュゴンが美しく泳いでいた、

それは大きくニュースになった、

ジュゴンが帰ってきたんだ。

2頭のジュゴンのために歌ったその姿はとても。

僕の言葉からは表すことはできないさ、

きっと言葉にはできない、思いとやらは

曲を聴いてもらえばなにかわかるんじゃないかなぁ。

 

沖縄の問題、されど、沖縄、しかし、日本、

んーよくわかんなくなってきたなあ僕も。

 

 

「悲しみはいらない、優しい歌だけでいい...」

とにかく、そうなんだなって。

 

結局、誰も悪くないんだ。

 

 

自分の中で、なにもまとまらないまま、

沖縄、行こうってただそれだけは硬く決意した。

 

そんなに海が綺麗なら、もうそれだけでいいんじゃないのかなって。