明々後日のビシャモンテ

パンセク大学生のひとりごと

11/22 灰を被って舞踏会。

ガラスの靴を投げ捨てて、走り出す。

それが私のシンデレラ。

 

 過去記事。

bisyamonte.hatenablog.com

 

 

 

シンデレラは過酷な生活の中

王子様と出会い結ばれる、一発逆転な話である。

そのことから、素敵な下克上のことはシンデレラストーリーなどと呼ばれる。

 

それは本当に幸せなのか?

 

人生を物語と例えるならば、

この作者は何を考えているのだろうか?

 

そして、

物語において人生とは幸せでなければいけないらしい

もしそうなら私の毎日は人生とすら呼んじゃいけないよ

 

 

 

あの時

「うちに来てアタシのヒモになりなよ。」

 

「アタシはお金には困ったことがない。」

 

「あなた学校もやめて辛く苦しい日常から抜け出したくない?」

 

「何でも欲しいもの買ってあげるよ。」

 

「金もコネもあるから、やりたいことがあるなら言ってね?」

 

 

六本木に住む億万長者からのお誘い。

嬉しいことに俺の容姿や性格を気に入ってくれたらしく、

本気で惚れ込まれた話。

 

 

改めて考える。

 

 

 

文字どおり身を売って、遊びも我慢して働いて、

周りが楽しく飲み会サークル旅行をしている中勉強して、

反吐が出るようなサービスをしてお金稼いで生きているんだ、

そんな憧れないわけがない。

 

けれど、何でも手に入ってしまう生活、それが幸せ?

他人の力で大出世してしまうことが、望んだこと?

 

きっとこういうところが捻くれているんだろうな。

 

素直に受け入れてやりたい放題やっていれば、

きっと楽しく明るく刺激的な日常が待っていたはずなのに。

 

 

どこからどこまでが美徳なのか、

はたしてどこからが悪徳なのか、

 

例えば、援助交際がいけないこと言うのか、

パパ活は許されることだというのか、

例えば、ネットであったフォロワーに

晩御飯や交通費をおごってもらうことは、正義というのか?

 

そんなよくある話でも、人の価値観は違うらしい。

 

恋愛における

「どこからが浮気なの?」と似てるよね。

 

私がそうと決めたら、きっとそうなんだ。

例えば、定期的に資金を援助してくれる存在は

いったい何と形容すれば許されるのだろう?

 

 

もう既に

プライドを捨てて、泥臭く生きているのに、

捨てきれないプライドと信念が邪魔をする。

 

自分の力で勝ち上がらなきゃきっと意味がない。

這い上がったその先から見える景色はきっと美しいだろう。

 

だから"どんな手段を使ってでも"

だけど"自分の力で"

 

絶対に幸せになってやるんだ。

 

 

終わることのない悲しみを喜びに。

 

 

きっと、諦めは僕を救うだろう。

何処へ行けど傷つくこともなくなるだろう。

 

 

そう思うと今日も生きていける。